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故事来歴

 
 
京都の食文化を全国に発信する「おくどはん」。
しかし同時に私たちは、京都の文化全般についても発信したいと考えています。
 
ここでは京都を愛し、京都のこれからの文化にも貢献したいという想いから、
ささやかではありますが京都にまつわる故事来歴や物の由来などを定期的に発信して行きます。
京都の「おくどはん」ならではの読み物をお楽しみ下さい。
 
ほっこり
ほっこりしたなあ。
その言葉の響きだけで、温泉にでものんびり入って、癒されたような気分になる人も多いのではないでしょうか?
今では、ホッとする、のんびりするなど和みの言葉の代表格ともいえます。
それだけに、温泉はもちろん、居酒屋さんのキャッチコピーとして、
看板やポスターで多用されるのも分かる気がしますね。
ところが、この「ほっこり」という表現、京ことばとしては元々は違う意味を持っています。
「よーけ、歩いたさかいに、ほっこりした」と、いうのが京都流。
で、その意味はといいますと、「たくさん歩いて、疲れた」となるのです。
「がっかりした」「疲れた」「嫌になった」…。
今のイメージからは程遠い意味を持っていますね。
京都と縁が深い北陸などでも同じように使われていたようです。
ただ、面白いのがお隣の大阪。
なんと「ふかし芋」のことを指していたとか…。
今ではその京都でも和み系の象徴として、使われているようです。
その証拠に「京都でほっこり」と、旅行や料亭などの宣伝に使われているほどですから。
とはいえ、少し前までは「京都で疲れた」という意味だったかと思うと、言葉が歴史や場所とともに、
大きく変化していることに、ただ驚くばかりですね。
ほっこり
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京のことば
東北弁に九州弁、そして関西弁と、日本各地で育まれてきた方言を、総じて「〜弁」と呼んでいます。
しかし、京都はあくまで「京ことば」。
他府県の人々がまれに、どこかのんびりした口調をもって「京都弁」と呼ぶこともありますが、
京都人は自らの話す言葉を、そうは呼びません。方言ではない。
そう、そこには、文化の中心は永遠に京都であるというプライドがあるのかもしれません。
さて、京ことばを聴いていると、何かゆったりして、時間がゆっくり流れているように思いますね。
今、流行の「スローライフ」にぴったりの言葉です。
京ことばを聞くとのんびりした気分になる一番の理由は「ー」。
路地を「ろーじ」といい、東寺も「とーじ」と長く引っぱります。もちろん名詞だけではありません。
「もう、いーひん(もういない)」
「よーけ、お饅、こーといたえ(沢山、お饅頭を買っておいたよ)」
「あの人、みとーみ(あの人を見てみなさい)」
修飾語から動詞まであらゆる言葉が、「ー」で伸ばされているのが分かると思います。
こうして、京ことばは、独特の余韻で、見事に優美な世界を築くと共に、
微妙なニュアンスで言いにくいことを、伝えたりもしています。
京ことばには何か裏があるように思われるのは、この余韻のせいかもしれません。
京のことば
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門掃き-かどばき-
京のしきたりというのは、なかなか厄介なものだと思われています。
他から来た人にとって、京都人は閉鎖的で何を考えているのか分からないと思われがちです。
その一つに「門掃き」があります。
洛中では昔から、門掃きに水撒きを行って家の前の道を掃き清めるという風習が残っています。
ただし、自分の家の前だけです。隣の家の領域は一尺だけ掃いて、それ以上は知らぬ顔です。
つまり、お互いに隣の領域をまで侵入しない、というのが暗黙の約束なのです。
これだけを聞くと、こんなしきたりのある京都人は実に「いけず(意地悪)」です。
大阪人なら、「そんな遠慮せんと、ついでやし…」と。
そして、お隣さんの家の前もきれいに掃いてあげることでしょう。
とはいえ、毎日のように家の前をお隣さんに掃除してもらっていると、必ずお返しに掃除をしなくてはいけません。
これが「かなんなあ(心苦しい)」と考えたのが京都人。
それなら、自分の家の前だけを清め、隣の家の前は放っておく。
お互いに深入りを避けて、お互いに依存しないほど、人間関係も長きに渡ってうまくいくというわけです。
大阪人は「そんな世知辛い」と思うでしょう。
でも京都人はこういいます。
「そないお隣さんに気をつこーてたら、千年の都は続きまへんえ」と。
門掃き-かどばき-
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京野菜
聖護院かぶ、えびいも、堀川ごぼうに壬生菜…。
いわゆる京野菜と呼ばれる食材を、みなさんはどれだけお口にしたことがありますか?
平安の都・京都は当時としては世界有数の大都市でした。
ただ、海から遠く海産物を新鮮なまま運搬することは非常に難しいことでした。
朝廷をはじめ町衆の食は、都の近郊で作られた新鮮な野菜が賄っていたのです。
そんな大切な野菜は、京都の長い歴史と風土の中で次々に品種改良されていきました。
山紫水明に囲まれた古都の土壌に合うように…。
それが今に伝わる京野菜です。
さて、現在の「京野菜」は、明治以前から作られていたなど府が一定の条件を基に指定する
約40種類の「京の伝統野菜」と、社団法人京のふるさと産品協会が品質の優れたものとして認証する
「ブランド京野菜」のことを指します。
懐石料理に精進料理…。
料理人の技で料理として生まれ変わった京野菜は、まさに芸術品と言っていいのかもしれません。
最近の京都ブームの中、今では京野菜はすっかり高級食材になってしまった感もありますが、
京の台所といわれる錦市場をふらりと歩くと、そこには京野菜とともに歴史を歩んできた町衆の心意気を垣間見ることが出来ます。
京野菜
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鱧 -はも-
鱧祭ってご存知ですか?
実は祇園祭のことを指します。
古都の夏といえば祇園祭。そして、その祭を支えた町衆が愛したのが鱧。
だからこそ鱧は夏の京料理の主役なのです。
その昔、輸送技術も発達しておらず、都では新鮮な魚がなかなか手に入りませんでした。
ところが、鱧は非常に生命力の強い魚で、水を離れても長い時間、生きています。
つまり、新鮮なまま京まで運べるのは鱧しかなかった、というわけです。
しかし、鱧は小骨も多く、そのままでは煮ても焼いても食べられません。
それでも都人はあきらめませんでした。
何としても新鮮な魚を食べたい。この欲求が生み出したのが、「骨切り」という技です。
一寸に二十五筋ですから、ほぼ一ミリ間隔で細かく包丁を入れ、皮は切らずに薄皮一枚残す。
何年もの修行が必要とされる技だそうですが、この技術によって、京の人々は鱧を美味しく食べることができるようになったわけです。
鱧落とし、つけ焼き、鱧寿司…。
しかし、京都以外では鱧はあまり珍重されません。それは、骨切りがあまりに難しい技であったこと。
そして、そんな熟練の技を覚えずしても、新鮮な魚が手に入るからでした。
花が咲いたような美しい鱧落とし。その美しさの裏には料理人の苦労の歴史があるのだと思うと、さらに美しく感じますね。
鱧 -はも-
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